近年、「小麦は摂取すべきではない」「小麦は体にとって毒だ」という情報が広まっています。しかし、全ての人に「小麦は健康に悪い」と一概に言えるわけではなく、科学的根拠に乏しい主張も多いため、そのような情報は慎重に扱うべきです。
確かに、小麦にはグルテンというタンパク質が含まれており、一部の人々にとっては健康問題を引き起こす可能性があります。特に、セリアック病、小麦アレルギー、非セリアックグルテン感受性などの疾患を持つ人々は、小麦摂取が健康に悪影響を及ぼすことがあります。しかし、これらの疾患を持たない人々にとっては、小麦は栄養価の高い食品であり、バランスの良い食事の一部として摂取することに問題はありません。
小麦アレルギーや非セリアックグルテン感受性については、以下の記事を参照してください。
https://gentosha-go.com/articles/-/42150
健康な人々において小麦やグルテンがリーキーガット(腸の透過性増加)や腸内環境の悪化を引き起こすという科学的な証拠はあまりありません。逆に、健康な人が小麦制限などをすることによって、かえって腸内環境が悪化したとする報告があります。以下にその一部を紹介します。
1. Marasco, G., Di Biase, A. R., Schiumerini, R., Eusebi, L. H., Iughetti, L., Ravaioli, F., … & Festi, D. (2016). Gut Microbiota and Celiac Disease. Digestive diseases and sciences, 61(6), 1461-1472.
この研究では、セリアック病や非セリアックグルテン感受性を持たない健康な人々がグルテンフリーダイエットを試した場合、それが腸内微生物叢(マイクロバイオーム)にどのような影響を与えるかを調査しています。
健康な人を対象にグルテンフリーダイエットが実施された場合、腸内微生物叢のバランスが乱れ、その結果、健康を維持する上で重要な役割を果たす特定の善玉菌(例えばBifidobacteriaやLactobacilli)の数が減少することが示されています。
2. “No effects of gluten in patients with self-reported non-celiac gluten sensitivity after dietary reduction of fermentable, poorly absorbed, short-chain carbohydrates” (Biesiekierski et al., 2013, Gastroenterology) –
この研究では、非セリアックグルテン感受性を自己報告する患者を対象に、グルテンが腸の症状に影響を及ぼすかを調査しました。結果、グルテン自体が症状を引き起こす証拠は見つからず、FODMAPs(発酵性の低吸収短鎖炭水化物)の摂取が主な原因である可能性が示唆されました。
3. “Cereal dietary fibre: a natural functional ingredient to deliver prebiotics and antioxidant compounds” (Saura-Calixto, 2011, Trends in Food Science & Technology) –
このレビューでは、小麦などの穀物由来の食物繊維がプレバイオティクスとして機能し、腸内環境を改善する可能性について議論しています。これらの研究から、健康な人々にとって、小麦を含むバランスの良い食事が腸の健康に必ずしも悪影響を及ぼすわけではないことが示されています。
食事制限や特定の食品を避ける必要性は、個々の体質や健康状態によります。小麦や他の食品に対する不快な症状がある場合、医師や栄養士と相談し、必要に応じてアレルギーテストを行うことが重要です。一方、特に問題がなければ、バランスの良い食事を摂ることが健康維持にとって最善です。
私たちの体調や健康は食事に大きく影響されますが、個々の体質や健康状態によってそれぞれ異なります。特定の食品を摂取すると体調が悪くなる場合、一時的な食事制限が必要になることもあります。しかし、こういった症状は多くの場合、腸内環境の乱れや体のバランスの崩れが原因であることが多いです。多くのネット情報は、このような個々の体質や健康状態を考慮していないことが多いのです。
機能性医学は個々の体質や健康状態を考慮したアプローチを重視する医学の一派であり、この視点からすると、食事制限はあくまで一時的な対策であり、根本的な問題解決には腸内環境の改善と全体的な体のバランスの維持が重要です。腸内環境を整え、体のバランスを回復することで、体調を崩していた食材を再び摂取しても体調不良を引き起こさなくなるのです。
(注) ここでは、小麦をはじめとして、いろいろな食材を食べて体調がある人が、いきなり何を食べても問題ないといっているのではありません。食材が原因で体調不良を起こす場合は、一定の期間は食事を制限することが必要になる場合もあります。ただ、それだけでは、一時的に症状が改善することはあっても、根本的な原因が治るわけではないということです。
具体的には、食事やライフスタイルの改善、適度な運動、十分な休息などを通じて腸内環境を改善し、体のバランスを取り戻すことが求められます。これにより、食物に対する過敏性やアレルギーを軽減し、元々体調を崩していた食材を食べても健康な状態を維持することが可能になります。
全ての人が同じ食事法に適しているわけではなく、食事は個々のニーズに合わせて調整するべきです。そのため、個々の健康状態、活動レベル、食事の好みなどに基づいて食事を選ぶことが最善のアプローチと言えます。
最後に、機能性医学の視点からすると、腸内環境と体のバランスを整えることによって、何を食べても健康な状態でいることは十分に可能です。これは、私たち一人一人の健康と生活の質を高めるための重要なステップとなるのだということを知っていただきたいのです。
腸内環境が悪化の原因となるリーキーガット症候群と遅延型フードアレルギーとの関係について説明した動画を
YouTubeに載せています。参考にご覧ください。
執筆者プロフィール
医療法人全人会理事長、総合内科専門医、医学博士。京都大学医学部卒業。天理よろづ相談所病院、京都大学附属病院消化器内科勤務を経て、2013年大阪市北区中津にて小西統合医療内科を開院。2018年9月より医療法人全人会を設立。