ALS(筋萎縮性側索硬化症)と重金属との関係について
先月、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の方が診察に来られました。ご自身で色々と調べて、重金属が体に蓄積していることが原因の一つではないかと思われてのご相談でした。
有害重金属、特に水銀や鉛が体に蓄積すると体に慢性炎症を起こし、特に神経毒性が強いということがわかっています。それで、自分の病気に関係ないかと思われたのです。
私もALSやアルツハイマー病などの脳神経の変性疾患は有害金属が関連しているのではないかと思っていたので、非常に興味を持って診察させていただきました。
そして、今回尿中重金属の結果が返ってきたのですが、思わず「うっ」と声を上げたほどの結果でした。検査結果をご本人の了解を得た上でシェアいたします。
これは、キレート剤という重金属を排泄する薬を内服した後に、尿中にどれくらいの重金属が排泄されたかを確認する検査です。有害重金属の体内への蓄積は、私のこれまでの経験からも、実に多彩な症状に関係していることがわかっています。しかし、今回ほどの大量、多種類の有害金属が排泄された例を見たことがありません。不謹慎かもしれませんが「ダントツの1位」だったのです。私が思わず声をあげたのもそれが理由です。
しかし、同時に、「これだけ大量の有害金属が体内に溜まっていたら、神経障害が起こってきて、何らかの神経の病気の原因になっても全く不思議ではない」という感覚も起こったのです。
これを機会に、文献的に調べてみたのですが、やはり水銀や鉛は神経毒性も強く、ALSなどの神経変性疾患の原因の一つとして関与している可能性が高いと言うことがわかりました。
ALSという原因不明の神経変性疾患の原因に重金属が関係している可能性があるということを言うと、また「医療の常識家」の方々から、「エビデンスはあるの?」と言うご質問を受けそうなので、現時点でわかっていることについて文献的考察を行います。
有害金属に神経毒性があることについては、多くの研究からはっきりとわかっています。
鉛、水銀、カドミウムには神経毒性があり、神経細胞の機能を損ないます。
これらの有害金属は、酸化ストレス(活性酸素)の増加、ミトコンドリア機能障害を起こすことがわかっています。また、神経細胞内でのタンパク質の誤折りたたみを誘発し、神経細胞の機能不全を引き起こすことが動物実験などから分かっています。
引用先:Oxford Academic Toxicological Sciences: “Heavy Metal Neurotoxicants Induce ALS-Linked TDP-43 Pathology”.
さらには、鉛や水銀への曝露がALSと関連していることを示すいくつかの報告があります。いくつかの疫学的研究は、有害金属に曝露された人々がALSを発症するリスクが高いことを示しています。
- 有害金属とALSのリスクについて、メタ解析により分かったことは、ALSの発症には遺伝的な要因が一番大きいと言うことです。ただし、それに加えて鉛や水銀などの有害金属がALSのリスクを増加させることが示されています。 (Frontiers in Neurology: “Risk factors of amyotrophic lateral sclerosis: a global meta-summary”
リンク先:
https://www.frontiersin.org/journals/neuroscience/articles/10.3389/fnins.2023.1177431/full
重金属とALS以外の神経変性疾患との関連についても、多くの研究が行われていて、アルツハイマー病なども関連性が示唆されています。
- Monnet-Tschudiらの研究では、水銀と鉛の環境中の存在が神経変性疾患の原因として関与していることが示唆されています (Aging Clinical and Experimental Research: “Heavy metal intoxication and amyotrophic lateral sclerosis: causal or casual relationship?”)
この文献では最後に「これらを総合すると、重金属である鉛と水銀が神経変性疾患の病因に関与していることを示唆する証拠が数多く存在し、この観点から予防対策を講じることの重要性が強調されている。」と言う言葉で締めくくられています。
もちろん、医学的に厳密にディスカッションをすると、これらの研究は相関関係を示しているに過ぎず、因果関係を証明するものではありません。
しかし、これらの重金属に神経毒性があることがわかっており、ある程度の相関関係がわかっているのであれば、ALSの患者さんに対して、きっちりとリスクを説明した上で、重金属のキレーション治療を行うことは非常に意義のあることではないかと思います。
実際の、ALSの患者さんにキレーション治療を行ったら症状が改善したと言う報告もあります。
CASE REPORTS| JUNE 12 2017 Healing of Amyotrophic Lateral Sclerosis: A Case Report
リンク先:
https://karger.com/cmr/article/24/3/175/67556/Healing-of-Amyotrophic-Lateral-Sclerosis-A-Case
この文献では49歳のALSの患者さんに対して、キレーション治療を行ったところ、1年半後にはALSに特徴的な筋電図の所見が消失し、3年後にはALSの症状が消失して完全に回復したと言うことです。
通常は、治療法のない疾患であるということなので、単なる「偶然」であると片付けてしまうのは無理があります。
本文がドイツ語なので、アブストラクトしか読んでいませんが、このようなケーススタディーがあると言うことは非常に意味があることだと思います。
今回の機会に、「重金属の蓄積はALSの発症とは関係がない」という文献をいくつか見つけましたが、重金属の蓄積を血中濃度で評価しているものが多かったです。重金属は通常は体内の脂肪組織に蓄積するので、血中濃度では体内への重金属の蓄積の程度を評価することができないと言うのが、機能性医学の世界での常識になっています。
ちなみに、体内に重金属が溜まっているかどうかを評価するのは、何か一つの検査をすればわかるというものではなく、このことがより解析を難しくしているのだと思います。
重金属を調べる検査の特徴についてはこちらのコラムをお読みください。
https://www.konishi-clinic.com/medical_information/archives/361
今回、ALSの患者さんの受診をきっかけに、重金属の蓄積との関連性について文献的に検討しました。
標準的医療の観点から見ると、なかなか理解の難しい治療法だと思いますが、今後はこういった治療の可能性について前向きに捉えてくれる医療関係者が一人でも増えてくれるのを心から願っています。
執筆者プロフィール
医療法人全人会理事長、総合内科専門医、医学博士。京都大学医学部卒業。天理よろづ相談所病院、京都大学附属病院消化器内科勤務を経て、2013年大阪市北区中津にて小西統合医療内科を開院。2018年9月より医療法人全人会を設立。