前回の院長コラムでは、当院での体のバランスを整える治療で症状が改善した化学物質過敏症の方の体験談を掲載しました。何人かの方からお問合せをいただき、その関心の高さが伺われました。一方で、科学的にどれほど根拠があるのかと言うご質問もいただきました。
そこで今回は、現時点でどこまでのことがわかっているのかについて文献的に考察したので、ここに提示させていただきます。
化学物質過敏症(Multiple Chemical Sensitivity、以下MCS)は、低濃度の化学物質に対して過敏な反応を示す状態で、近年ますます注目されています。重金属は、これらの化学物質の一部として、MCSの発症に関与している可能性があります。一部の研究では、重金属の蓄積が、MCSの症状を引き起こすことが示唆されています。
MCSの原因については、遺伝的要因や環境要因、そして有害物質の累積が考えられています。その中でも、重金属は、亜酸化窒素/過酸化亜硝酸塩経路に影響を与え、慢性疲労症候群や線維筋痛症、ポストトラウマティックストレス障害といった病態と共通のメカニズムを持つとされています。
また、電磁波過敏症(EHS)と化学物質過敏症(MCS)が同一の病態メカニズムを持つ可能性が指摘されており、重金属やその他の化学物質の蓄積が関与していると考えられています。これらの症状は、免疫系や神経系の異常とも関連しているとされています。
一方で、ビタミンCがMCS患者の免疫細胞機能を強化する効果があることが研究で示されています。具体的には、自然免疫細胞やT細胞、B細胞の活性を高めることで、化学物質過敏症の症状が改善する可能性があるとされています。
結論として、化学物質過敏症の真の原因については、これからの検討が必要ですが、体内に蓄積した重金属を排除する方法は、化学物質過敏症を治療する上で非常に有力な治療法になり得ると考えられます。ただし、治療法や症状の緩和に関しては、適切な医療専門家と相談することが重要です。今後の研究が、化学物質過敏症の原因の解明と治療法の開発に役立つことが期待されています。
化学物質過敏症はまだまだ広く認知されているとは言えず、患者さんは一人で、この問題を抱え込んでいる例も少なくないと思われます。これからも一般の方々に向けて、化学物質過敏症の理解を深めることが重要です。
自分自身や家族がMCSの症状を経験した場合、適切な診断と治療を受けるために、専門家と相談することが大切です。また、日常生活において、重金属や有害化学物質の曝露を避けることで、MCSのリスクを減らすことができます。例えば、無添加や無害な製品を選ぶ、適切な換気を行う、食品の安全性に注意を払うなど、生活習慣の改善が役立ちます。
最後に、化学物質過敏症の原因については、いくつかの複雑な要因が関係している可能性があり、これからの検討を必要としますが、私たちの臨床的経験からも、身体の土台のバランスを整えて、その一環として体内に蓄積した重金属を排除する方法は、化学物質過敏症を治療する上で、非常に有力な治療法になり得ると思われます。
以下に、化学物質過敏症についての文献とまとめを載せておきます。
1. Pall, M. L. (2001). Common etiology of posttraumatic stress disorder, fibromyalgia, chronic fatigue syndrome, and multiple chemical sensitivity via elevated nitric oxide/peroxynitrite. Medical Hypotheses, 57(2), 139-145.
この文献では、ポストトラウマティックストレス障害(PTSD)、線維筋痛症、慢性疲労症候群、および化学物質過敏症が、亜酸化窒素/過酸化亜硝酸塩経路によって共通の病態メカニズムを持つと提案しています。重金属は、この経路に影響を与える可能性があるとされています
2. Genuis, S. J. (2011). Sensitivity-related illness: the escalating pandemic of allergy, food intolerance and chemical sensitivity. Science of the Total Environment, 409(24), 6047-6061.
この論文では、アレルギー、食物不耐症、および化学物質過敏症が急速に増加している感受性関連疾患について説明し、遺伝的要因、環境要因、および重金属などの有害物質の累積が原因である可能性が示唆されています。
3. Belpomme, D., Campagnac, C., & Irigaray, P. (2015). Reliable disease biomarkers characterizing and identifying electrohypersensitivity and multiple chemical sensitivity as two etiopathogenic aspects of a unique pathological disorder. Reviews on Environmental Health, 30(4), 251-271.
この研究では、電磁波過敏症(EHS)と化学物質過敏症(MCS)が同一の病態メカニズムを持つ可能性が示唆されています。この研究では、重金属やその他の化学物質の蓄積が、この病態メカニズムに関与する可能性が示されています
4. Heuser, G., & Vojdani, A. (1997). Enhancement of natural killer cell activity and T and B cell function by buffered vitamin C in patients exposed to toxic chemicals: The role of protein kinase-C. Immunopharmacology and Immunotoxicology, 19(3), 291-312.
この研究では、化学物質(重金属を含む)に曝露された患者において、ビタミンCが免疫細胞の機能を強化する効果があることが示されています。特に、自然免疫細胞(ナチュラルキラー細胞)やT細胞、B細胞の活性を高めることが報告されており、これにより化学物質過敏症の症状が改善する可能性が示唆されています。また、この効果は、プロテインキナーゼC(PKC)という酵素が関与していることが示されています。
5. Ziem, G., & McTamney, J. (1997). Profile of patients with chemical injury and sensitivity. Environmental Health Perspectives, 105(Suppl 2), 417-436.
この研究では、化学物質による怪我や感受性を持つ患者のプロファイルが調査されています。重金属を含むさまざまな化学物質の曝露が、化学物質過敏症の症状を引き起こすことが示唆されています。また、患者の多くが、免疫系や神経系の異常を示していることが報告されています。
これらの文献は、化学物質過敏症と重金属との関係についての現在の知識を提供しています。重金属は、化学物質過敏症の症状の一因として関与している可能性がありますが、症状の原因となる他の要因も考慮する必要があります。治療法や症状の緩和に関しては、適切な医療専門家と相談することが重要です。
執筆者プロフィール
医療法人全人会理事長、総合内科専門医、医学博士。京都大学医学部卒業。天理よろづ相談所病院、京都大学附属病院消化器内科勤務を経て、2013年大阪市北区中津にて小西統合医療内科を開院。2018年9月より医療法人全人会を設立。